Turning off

「さぁ来月に個展でもやるかなぁ。」といかないのが個展というもので、約2年前にはやることを決めて場所を押さえておかないと、実現できないのであります。さて、そのように大切な機会なのすが、皆様もご存じのとおり世界的な渦中のなか、予定していた個展の自粛を決めました。


幻の個展には、「#岐える日」というタイトルを付けていました。もう、兆しが出ている頃だったので無観客個展もありかもしれないと、#を付けてインターネット経由で観ていただけくことも考え、長くかかっているホームページのリニューアルも定着させ、ついでにインスタとツイッターを始めました。あとは、2002、2011、2020、と9年おきの大きな展開点であることを自分なりに解釈し、ケジメというか、次なるものというか、そういう表現をしたいと準備を進めていたわけですが、ここ最近の身辺整理の集大成として、制作の中での「消してゆく」作業というか「何もせず残しておく余白」というか、岐路をえらぶということには、ある方向性を消失させるということ(消える=岐える)を考えていました。でも、こんなことになるなんて思いも寄りませんでした。


2002年という年は、北海道に脱出を決行しました。もうなんか疲れ果てていました、全てを捨てて、「自然」に近いところにいきたいと思った年です。この後の数年は、いわゆる創作活動から離れて遊ぶことを心がける生活をおくっていました。そして2011年の大事件。もう横浜に戻り新たな暮らしが始まりかけていた頃でしたが、すべてが真っ白くなるような出来事がおきました。そこから抜け出るために必要なことは何か?「対話」という言葉が常にどこかにありました。そして今年2020年進行中。「対話」という言葉の裏にあった「省察」とか「内省」という言葉、自分自身と向きあう事の重要性を考えています。社会的にも自然とそうなっていて、ソーシャルディスタンスとか、人と人の距離みたいな方向にむかわせるのに必然を感じてしまう訳なのです。


ところで皆様、突然ですが、地球温暖化とかに関心がありますか?2002年に雪国に暮らし、その数年間の変化。2011年以降もエネルギー資源などを通して考えることが多いテーマなのですが、この温暖化の2度上昇をなんとか抑えたい!っていってるのは、よく出てくるのですが、そのあと、上昇した気温は下がっていかないのですよ、グラフをよく観ると…。たぶん、私が生きている間に、幼少期に味わった、あの季節感に触れる機会をどんどんと自らが閉ざしていってるのです。大気中の二酸化炭素を処理するプラントなども検討が始まっているとのことですが、もう不安定な環境とうまく付き合ってゆくしかないのです。


あたりまえのことですが、昨日とおなじ日は二度ときません。良くする方向に迷いはありませんか?もっと真幸にこだわり、道を選ぶことに時間をかけてはどうでしょうか?省察と対話から生み出されるものがあるのであれば、今すぐに個展を開かなくても大丈夫と自分に言いきかせる日々なのでありました。

皆様のご無事をお祈りいたします。

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